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2012年7月20日 (金)

金色夜叉の唄

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金色夜叉の唄
東海林太郎&松島詩子

作詞・作曲:後藤紫雲・宮島郁芳
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=MLOQWvwxtM0

1 (男女)
  熱海の海岸散歩する
  貫一お宮の二人連れ
  共に歩むも今日限り
  共に語るも今日限り

2 (男)
  僕が学校おわるまで
  何故に宮さん待たなんだ
  夫に不足が出来たのか
  さもなきゃお金が欲しいのか

3 (女)
  夫に不足はないけれど
  あなたを洋行さすがため
  父母の教えに従いて
  富山(とみやま)一家に嫁(かしず)かん

4 (男)
  如何(いか)に宮さん貫一は
  これでも一個の男子なり
  理想の妻を金に替え
  洋行するよな僕じゃない

5 (男)
  宮さん必ず来年の
  今月今夜のこの月は
  僕の涙でくもらせて
  見せるよ男子の意気地から

6 (女)
  ダイヤモンドに目がくれて
  乗ってはならぬ玉の輿(こし)
  人は身持ちが第一よ
  お金はこの世のまわりもの

7 (男女)
  恋に破れし貫一は
  すがるお宮をつきはなし
  無念の涙はらはらと
  残る渚に月淋し

《蛇足》 キンイロヨルマタではありません、コンジキヤシャと読みます。キンイロヨルマタは、昭和30年代までは漫才のネタでしたが、近年は、書いておかないと、ほんとうにこう読む若い人たちがいますからね。

 『金色夜叉』は、明治30(1897)年1月1日から5年半にわたって読売新聞に連載された尾崎紅葉の代表作で、単行本化されるや、たちまち大ベストセラーとなりました。泉鏡花の『婦系図(おんなけいず)』、徳富蘆花の『不如帰(ほととぎす)』とともに明治の三大メロドラマと呼ばれています。

 第一高等中学校(旧制一高の前身)の生徒・間(はざま)貫一と鴫沢(しぎさわ)宮は相思相愛の仲で、婚約していました。
 しかし、宮は正月のカルタ会で銀行家の息子・富山唯継(とみやまただつぐ)に見染められ、結婚を申し込まれます。富山家の莫大な財産に目がくらんだ宮の両親は求婚を受け入れるように宮を説得し、宮も貫一を外遊させることとひきかえに承知します。
 貫一は本心を確かめようと宮を熱海の海岸に呼び出しますが、意外にも宮の心が富山に寄っているのを知ります。絶望した貫一は、取りすがる宮を足蹴にして立ち去ります。

 すっかり金銭の鬼となった貫一は、高利貸しの手代になり、さらに独立して高利貸しを営む守銭奴の生活を送ります。
 いっぽう宮は、唯継と結婚したものの、その冷酷な性格によって虐げられ、とうとう捨てられてしまいます。後悔した宮は、許しを乞う手紙を何度も貫一に送りますが、貫一は開封もしません。
 しかし、ある日たまたま1通の封書を開くと、そこには死を願う哀れな宮の現状が記されていた……といったストーリーです。

 ここまで書いて紅葉は病死したので、作品は未完のままで終わりました。続編、終焉編(上・下)では話はさらにドラマチックに展開しますが、書いたのは弟子の小栗風葉です。

 熱海の海岸で場面で貫一が宮にいう言葉は、次のとおりです。この血を吐くようなセリフは、『金色夜叉』の演劇や映画では必ず使われて、大向こうをうならせました。

「一月十七日、宮さん、善く覚えてお置き。来年の今月今夜は、貫一は何処で此の月を見るのだか! 再来年の今月今夜……十年後の今月今夜……一生を通して僕は今月今夜を忘れん、忘れるものか、死んでも僕は忘れんよ! 可いか、宮さん、一月の十七日だ。来年の今月今夜になったらば、僕の涙で必ず月は曇らして見せるから、月が……月が……月が……曇ったらば、宮さん、貫一は何処かでお前を恨んで、今夜のように泣いて居ると思ってくれ」

 『金色夜叉』の歌は大正7年(1918)に、後藤紫雲・宮島郁芳という2人の演歌師によって作られました。

 演歌は自由民権運動を歩調を合わせて生まれました。当初は政治風刺や権力批判をテーマとしていましたが、日清戦争が終わると、政治性は薄れ、次第に恋や世相を歌うようになってきました。硬派が軟派に変わってきたわけです。
 演歌師たちは、街頭や芝居小屋でバイオリンをギーコギーコと弾きながら、小唄・端唄調の発声で歌い、歌本の代金や観客の投げ銭で暮らしを立てていました。

 『金色夜叉』の歌は、演歌師の添田唖蝉坊(そえだ・あぜんぼう)が明治42年(1909)に作っていますが、こちらはあまり流行りませんでした。風景描写が長々と続き、ヒロインのお宮がなかなか出てこなかったからです。
 これに対して、後藤紫雲・宮島郁芳版では、前置きなしに「熱海の海岸を散歩する貫一お宮」が登場するので、大衆受けやすく、大ヒットすることとなりました。

(二木紘三)
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/07/post_adb3.html

金色夜叉
1973年度鴻陵祭出展作品
主演:山本香、沢田秀実
原作:尾崎紅葉
脚本:西東秋
監督:斉藤秀一
助監督:笹本潔
美術:久保田賢一、笹本潔、今井博明

昔の文化祭での金色夜叉ですか?
はい。千葉県立国府台高校の文化祭で上映した映画です。なんと1­973年(!)のことです。
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=Romc3NQPjwQ

金色夜叉の唄__演歌師(桜井敏雄さん)が歌う__オジンのカラオケ番外編.wmv
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=Z3tMGzA3ZaE

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