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2012年7月20日 (金)

東京行進曲

東京行進曲  佐藤千夜子

作詞:西條八十、作曲:中山晋平、唄:佐藤千夜子

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=DJdhi3mBsFo

佐藤千夜子 東京行進曲 昭和4年の東京銀座 浅草

http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=gY9u5FPyAis

1 昔恋しい 銀座の柳
  仇(あだ)な年増(としま)を 誰が知ろ
  ジャズで踊って リキュルで更けて
  明けりゃ ダンサーの涙雨

2 恋の丸ビル あの窓あたり
  泣いて文(ふみ)書く 人もある
  ラッシュアワーに 拾った薔薇を
  せめてあの娘(こ)の 思い出に

3 ひろい東京 恋ゆえ狭い
  粋な浅草 忍び逢い
  あなた地下鉄 わたしはバスよ
  恋のストップ ままならぬ

4 シネマ見ましょか お茶のみましょか
  いっそ小田急で 逃げましょうか
  かわる新宿 あの武蔵野の
  月もデパートの 屋根に出る

《蛇足》 昭和4年(1929)制作の日活映画『東京行進曲』の主題歌。わが国の映画主題歌第一号とされています。
 映画は菊池寛の小説が原作で、若き日の溝口健二が監督し、夏川静江・小杉勇が主演しました。

 1番は日本一の繁華街・銀座、2番はビジネスの中心地・丸の内、3番は大衆娯楽のセンター・浅草、4番は新開地の新宿が舞台で、昭和初期の東京のようすがよくわかる構成になっています。

 江戸時代、丸の内には譜代大名の上屋敷や南北町奉行所、勘定奉行所などがありましたが、明治になって官有地化され、裁判所や警視庁、陸軍用地などが設けられました。
 このうち陸軍用地は、明治23年(1890)に三菱に払い下げられ、三菱はそこに21棟に及ぶ赤煉瓦のビジネスビルを建てました。以来、今日に至るまで、この一帯はわが国ビジネス界の中心地であり続けています。

 大正12年(1923)、東京駅の前、皇居に至る行幸通りの左側に「丸の内ビルヂング」、通称・丸ビルが落成しました。これが2番の「恋の丸ビル」です。ビルの角が丸かったので丸ビルだ、と思っていた人が多かったといいます。

 建物が老朽化し、手狭になったので、平成14年(2002年)に高層ビルに建て替えられました。丸ビルが新しくなったので、新丸ビルと呼ばれていましたが、ややこしいことに、5年後の平成19年(2007)、行幸通りの右側にあった「新丸の内ビルディング」、通称・新丸ビルが高層ビルに建て直されました。
 そのため、左側の丸ビルは、元通り、ただ丸ビルと呼ばれるようになりました。

 「銀座の柳」については、『夢淡き東京』 に記述があります。

 小田急電鉄・小田原線が開通したのは、この歌が発表される2年前、すなわち昭和2年(1927)4月1日のことです。また、この歌の発表と同じ昭和4年(1929)の4月1日には、小田原線の大野と片瀬江ノ島とを結ぶ江ノ島線が開通しました。

(二木紘三)
http://duarbo.air-nifty.com/songs/2007/09/post_44cc.html

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